越後上越 上杉おもてなし武将隊
越後守護代・長尾為景の四男として生まれる。 知略に富み、「軍神」や「越後の龍」と恐れられた戦国武将。自らを「毘沙門天の化身」と称し、越後国内のみならず、他国から救援要請に応じ、領土回復にも力を注いだ義の武将。宿敵・武田信玄との「第四次川中島の戦い」は戦国時代最大の激戦といわれた。
生誕:享禄3年1月21日(1530年2月18日) 出身:越後国 春日山城 別名:長尾虎千代、長尾景虎、上杉政虎、上杉輝虎
坂戸城主・長尾政景の次男として生まれる。 政景亡き後に、叔父に当たる謙信公の養子となるが、遺言無き謙信公の急逝の為、もう一人の養子であった上杉景虎と跡目争いが勃発。一年にも及ぶ内乱を制し、二代目当主となる。 信長との争い、豊臣家への臣従、徳川との対立等、激動の時代を生き抜いた寡黙の武将。
生誕:弘治元年11月27日(1555年1月8日) 出身:越後の国 魚沼郡上田庄 樺沢城 別名:長尾卯松、長尾顕景/通称:喜平治
近江国出身。永禄二年に上洛した上杉謙信に見出され、側近となる。 奉行職や他大名との外交交渉に手腕を発揮し、謙信の片腕として活躍。 越中戦線では魚津城将などを務めて諸将を統括し、北陸進出に貢献。謙信死後の御館の乱では、上杉景勝を支えた。
生誕:天文12年(1543年) ※諸説あり 出身:近江国 別名:岩鶴丸(幼名)
越後の農家出身。 謙信公の父・長尾為景に見染められて側室となり、謙信幼少期より養育係として傍に仕えた。 後に猛将・鬼小島弥太郎の妻となる。 武将たちにも劣らぬ武芸にて数々の戦場で手柄を立てた越後一の女武者。食べる事が大好き。好物は肉とおにぎり。特技は現代舞踊(ダンス)。 まつえが歌う演武曲でもある「越後の龍~カケル戦場~」は必聴!
上杉謙信公に仕えたといわれる忍集団「軒猿」に属するくノ一。 その名は、謙信公が深く信仰した毘沙門天より「沙」の一字を賜り、忍の生きる世界を象徴する「夜」を合わせて名乗るものである。 その志は、いかなる時も義の光を絶やさぬこと。 上杉家の力となるべく、確かな意志をもって任にあたる。