更新日:2012年05月17日
皆のもの、おはようじゃ!
謙信である。
春日山にてのおもてなし、武芸の鍛錬にこの数日余念の無い様な日々を過ごしておるが、皆は如何過ごされておるかの?
五月も半ばになると忙しさも落ち着き、気が抜けてしまいがちになったり、気温も季節の変わり目で変動が激しいが為に、体調を崩したりし易くなるからのう。
だからこそ気を抜かずに、且つ心安らかに日々務めて戦っていかねばならぬ。
皆も五月病に気をつけるんじゃよ。
さて、昨日のおもてなし中に春日山に訪れた御客人が春日山神社で詩吟を朗々と吟じられていた。
それも儂に所縁のある漢詩をじゃ。
皆は春日山城の本丸にある漢詩を知っとるかな?
1576年11月〜1577年9月にかけて戦った、能登の国 七尾城を攻め落とした時の漢詩じゃな。
「九月十三夜陣中の作」 上杉謙信
霜満軍営秋気清
数行過雁月三更
越山併得能州景
遮莫家郷憶遠征
と言う漢詩を九月十三日の夜に詠んだのじゃ。
で、その意味は、
(訳) 霜が我が陣営を白く蔽い、秋の気はとても清すがしいことじゃ。
空には雁の列が鳴き渡り、月が冴えざえと我陣中を照らしておる。
そして今、越後と越中の山々に、新たに能登の景色も併せて眺めることができた。
故郷にいる家族たちが、遠征のこの身を案じているであろうが、今はこの素晴らしい景色をゆっくり眺めると致そう。
…という内容を漢詩にいたしたのじゃ。
儂も中々の詩人であろう?
ただ、七尾城落城は9月15日であり、13日には落ちていないのじゃな。
これを人はどう見るか…
その辺りは皆に任せようかのう。
因みに漢詩というのは基本的に、「四行詩」と「八行詩」と言う二組に分けられるのじゃが、是れは前者の物で、一般的には「絶句」(ぜっく)と言い、八行詩は「律詩」(りっし)と言うそうじゃ。
他にもまだ儂の所縁の詩はあるでのう。
しかし、これ以上は長くなるので次回に致すとしようかの。
よし、決めた!
連載武録第二弾はこれでいくぞよ。
皆のもの、ではまた会おうぞ〜!
カテゴリ:上杉謙信 / 更新日:2012年05月17日 / 投稿者:謙信
1件のコメントがあります。
七尾城、良き城と聞いております。
行きたいと思いつつまだまだ。
日時の誤差は『攻め落としたらこんな詩を唄おうかな』と13日に作ったと思うことにしています。
そう言うお茶目な方でしたから。