武将隊ブログ

上杉軍記 龍の巻 第12章

更新日:2019年11月08日

皆の衆、こんにちはじゃ!

上杉謙信である。

久しぶりの武録にて筆を取っておるが、月日の流れの早きこと早きこと。

暦は11月、霜月じゃ。

まさに「霜は軍営に満ちて」の如く、めっきり朝晩の気温は冷え込み、葉の色も赤や黄色に色づき出して秋深きわが春日山城の様相である。

行楽シーズンもいよいよ終盤、冬の訪れも間もなくというところであろうのう。

是非美しき秋に彩られた上越に来てほしいのう。

 

 

さて・・話は変わるが、皆は日本遺産というものを存じておるか?

いやいや、世界遺産ではない。
「日・本・遺・産」じゃ!

 

よいか。 「日本遺産とは、地域の歴史的魅力や特色を通じて、その国々の文化・伝統を語る上での物語(ストーリー)を「日本遺産」として御上である文化庁が認定致すものである。

 

既に存じている者もおるであろうが、その日本遺産に、かつての日本海を沢山の積み荷を乗せて航海した北前船というものが認定され、わが越後上越の直江津も、北前船の寄港地であることで関連催し等を以前より開催いたしたりしておるんじゃ。

この日本海の荒波を、北前船が夢と荷物を乗せて渡って来たわけじゃ。

 

北前船というのは、船に積み荷を乗せ、目的地まで向かう途中に立ち寄った港等で物の売り買いを致す船のことで、故に北前船が立ち寄った港には、様々な他国の品々や伝統文化、歌や民謡などが伝わり、後にその国独自の発展を遂げていくんじゃのう。

港町直江津を古くから守り続けて来た八坂神社様には、船乗りの航海安全を祈願致したのであろう船絵馬が奉納されておる。  古き時代を知る大切な品じゃのう。

 

儂がかつて越後の国をより良い国にいたそうと、開いた郷津、直江津の浜が北前船の寄港地となったことで、沢山の積み荷や文化が伝えられた。
そして直江津の人々の手によって大切に守られてきたからこそ、今でもその名残や文化が見れたりするんじゃな。

 

ふむ、素晴らしきことよ。

 

皆も春日山城と共に、高田や直江津という歴史ある町をぶらぶらと歩いて、かつての古きよき時代の風景に出会って見てはどうかのう。

 

さて、長くなった故今日はここまでじゃ!
では皆のもの、また会おうぞ。

 

カテゴリ:上杉武録,上杉謙信 / 更新日:2019年11月08日 / 投稿者:謙信

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